豊かさが示される礼

 

礼を尽くす

私達は、人から親切を受けたときや、誰かにお世話になった時など様々な場面で、日常的に礼を尽くしています。その礼を尽くす方法として、「ありがとうございます。」という感謝の言葉だったり、「こんにちは。」などののような日常的な挨拶だったり、言葉として相手に礼を尽くします。
また、親や先生であったり、会社の上司であったり、自分より目上の人であったり、友達等、その礼を尽くす相手に合わせて、会釈をしたり、手を挙げるなど、態度でも礼を尽くしていると思います。

 

人と人をつなげる

礼を尽くすことが出来なければ、人と人の関係を壊す場合があります。例えば人に親切を尽くした時、その相手から何の挨拶もなければ「礼儀知らずな人だ。」とか、「せっかくしてあげたのに。」など、相手に対して、思わずマイナスの感情が生まれてくることと思います。
また形式的に「ありがとう。」ですとか、「ごめんなさい。」などと言われた時も、感情がこもっていないと言う理由から、不愛想に思えたり、そんな礼ならしてもらわない方がましだというような、マイナスの感情を生み出してしまうこともあるモノです。

 

逆に、しっかり自分の目を見て「ありがとう。」ですとか、満面の笑顔で挨拶された時などは、実に気持ちのいいものです。またついつい喧嘩してしまい、相手に対してあまりいい気分でないときであっても、心の底から「ごめんなさい。」ですとか、「申し訳ありませんでした。」と言って、深々と頭を下げられた時などは、相手の気持ちが十分に伝わって、それまで相手に対してマイナスの感情を抱いていたことも忘れて、関係が回復することがあると思います。

 

このような経験は少なからず、誰しもあることと思います。
このように礼を尽くす方法一つで、相手との関係がよくも悪くもなってしまうのです。

 

マイナスの感情が生むもの

気分がすぐれない時に、人から親切を受けたりすると、その親切が、逆にうっとうしいと思ったことはないでしょうか。家族と喧嘩してしまったまま、会社や学校に出かけた際、挨拶がいつもと違って形式的なものになってしまったことはないでしょうか。逆に、友人や知人、家族から、そのような挨拶を受けた経験はないでしょうか。

 

気持ちが満たされていないときには、そういったマイナスの感情が、ついつい表に出てしまうものです。私にだって、しょっちゅうあります。それが原因で、主人と喧嘩してしまったことは数数えきれません。このように感情は毎日のように、刻一刻と変化しているものです。

 

特に自分自身がマイナスの感情を持っている時には、普段の何気ないことにまで、過剰に反応してしまい、更にマイナスの感情に流されていきます。美味しいものを食べたって、楽しいことをしたって、美しいものを見たって、楽しくありません。もちろんそういうことが引き金になって楽しい気持ちになることもありますが、なかなかそういうわけにもいかないでしょう。

 

このようなマイナスの感情に満たされた自分から発せられる挨拶や、態度と言うのは、多くの場合、良い雰囲気じゃなくなりますよね。このような感情は、知らず知らずのうちに相手や、周りにうつってしまうのです。もちろん相手から、自分にうつってしみます。
つまりマイナスの感情は、負の連鎖を生み出してしまうのです。

 

豊かな感情が世界を変える

道端に健気に咲く花を見たとき、心温まる映画を見た直後に起きる出来事、日常的に繰り返される何気ないことに、普段以上に感動した経験が、一度はあるはずです。また本当に苦しい時や、困ったときに、人からいつもと同じような親切を受けただけで、いつも以上に感謝したことなどもあるはずです。

 

そのようなときは決まって自分自身が充実した感情をもっていたり、本当に困ったときに差し伸べられた親切が心に響き、いつも以上に感情が豊かになっているときだと思います。そういうとき、いつも以上に心のこもった態度と言葉で、心から「ありがとう」等と、自然に礼を尽くしたことだと思います。

 

このように豊かな感情を持っていれば、普段の光景が明るく、そして感動的な場面に代わります。また何気ない日常のことでさえ、言葉には尽くせないほどの感動をもたらしてくれるものです。そういう感動に見舞われた時、人は自然に礼を尽くすものなのです。

 

逆に何気ない日常的なことにでさえも、心から礼を尽くすことによって、日常の光景は大きく変わっていきます。最初は意識的に取り組んでみるのもいいでしょう。そういう習慣がついたとき、毎日が感動的になるはずです。

 

合気道は和の武道です

合気道は、和の武道です。「和」と言うのは単純に申しますと、争いごとのないですとか、調和のとれた状態のことを言います。

 

このような「調和」という状態と言うのは、言い換えれば「豊かさ」が生み出すものです。荒ぶった感情等からは、豊かさが生まれません。なぜなら、そこに礼が尽くされることがないからです。

 

「礼」と言う感じは、旧漢字で「禮」と書きます。「豊かさが示される」と書かれます。合気道に限らず、武道は「礼に始まり、礼に終わる。」と言われています。特に合気道においては、和の武道という性格から、この礼を非常に重んじています。

 

これから合気道の稽古を始める人も、そうでない人も、今一度、合気道の原点である「禮」を見直してみていただくことを、お勧めいたします。