合気道の体捌き

 

体捌きの重要性

体捌きは、自分が安全で、後の動作が取りやすく、受けが、受けを受けやすい様に動くのが理想です。

 

その方法には、様々な方法があります。
合気道では、主に

入り身
転換
転身

等が代表的です。

 

受けやすいとは

受けが受けやすいと言いますと、まるで受け身のために技を掛けているかのように聞こえるものと思います。しかし合気道で言う、受けが受けやすい技と言うのは少し意味合いが違うことを理解しておく必要があります。

 

武道は、相手を破壊する事が目的でした。開祖植芝盛平翁も、日本古来から伝わる様々な武道や精神修行をを修行された集大成として、合気道を創始されたのですから、当然合気道にもそういう側面はあります。

 

当然のことですが、相手を破壊するためには受け身を取らせてはなりません。受け身を取られてしまうと相手を破壊することができませんので、勝負が決まらないからです。本来武道と言うのは命をやり取りをするものですから、そういう厳しさを持っています。
ところが開祖植芝盛平翁は、合気道の稽古の目的を相手を破壊するですとか、相手に勝ることを目的に稽古するのではないことを明言されています。「受け身を取らせる。」と言うことです。

 

そういったことからも合気道の稽古は、相手が受け身を取りにくいような技であればあるほど、破壊の技に近づくので、合気道の稽古の目的からは離れて行ってしまうのです。
心がけるべき点は、「受けが受けを取りやすい事」です。

 

合気道の体捌きの本質に迫る

受けが受けを取りやすいように技を掛けるとは言いましても、忘れてはならないことがあります。
それは、合気道は「武道」であるということです。

 

一見して矛盾するようですが、ここに合気道の深みがあるのです。取り(技を掛ける側)は、受け身が受けを取りやすいように動く必要があります。しかし隙だらけ、つまり相手に反撃されやすいような位置取りで、体捌きをしてしまうと技が成り立ちません。
逆に受け身が、受けを取りやすいように勝手に動いてしまった場合も、合気道の技は成り立たないのです。

 

取り、受け共に、そういう微妙な位置関係を習熟しておく必要があります。これを間合いと言います。
実生活でも、例えば話をする側が一方的に話すだけではコミュニケーションは成り立ちませんよね。逆に聞き手の側も、相手の話を聞くばかりにまわってしまうと、同じようにコミュニケーションが成り立ちません。

 

合気道も、それと同じなのです。取りと受けの、絶妙な体捌きのバランスが取れたときに、技が決まるものなのです。
ですから例えば転換の時などでは、回転するときに、足をクルリと廻す事にこだわる人がいますが、あまり意味がありません。廻した後に、体が安定するのなら、そのときと同じように体が安定するように足を運べばいいのです。逆にまわさなければ安定しないなら、廻せばいいのです。
こういった形と言うのは、年齢、体格差、性別等、いろんなことが影響して変わってくるものなのです。

 

体捌きを行う上での形に正解はありません。
1つ言えることは合気道の技をしっかり学んでいけば、結果として、取りをする自分が安定的に、安全に、そして動きやすく体捌きをすればいいのです。
その様な体捌きができてくると、自然と受けも、受けを受けやすい動きとなっていくのです。